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Takato Yamamoto

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もちろん尊敬し、常に気になる存在の書体はありますが、個々のデザインというよりも全体的な印象として比較対象にしています。例えば Helvetica のような洗練された整理の仕方に憧れつつ、Helvetica ほどには管理したくない。Frutiger のような伸びやかでいて上質な曲線に憧れつつ、Frutiger ほどの個性は欲しくない。日本語部分では、ゴナの斬新で現代的な骨格に憧れつつ、ゴナほどの覚悟は無い。といった感じです。
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商業デザイナーを続けていれば獲得したかもしれない業績に未練はありませんでしたが、一方「デザイナーではない自分」に戸惑っていた時期があったことも事実です。M+ FONTS という自分の居場所を見つけ、再び創造する現場に自らを置くことができたことはこの上ない幸運であり、モチベーションを失う暇などありません。
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困っている、というか残念に思っていることは、最も一般的な環境といえる Windows のフォントレンダリングがあまりに特殊で、特に日本語のフォントデザインをそのデザインのまま再現してもらえないことです。メリハリを付けることのみを重視し、デザインを再現することは放棄しているように思えます。時々 WEB 上で「M+ の文字は綺麗だ」または「M+ の文字は汚い」という感想とともに Windows での表示画面を見かけることがありますが、どちらにしても貧弱に崩れてしまった文字をみると複雑な気持ちになります。
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M+ OUTLINE FONTSの製作はどのように行っているのでしょうか?¶

基本的には平日、家業の合間に制作(正しくは M+ の制作の合間に家業を :-)しています。

各グリフのデザインはその骨格を意識する必要があるため、最も細いウエイトの Thin から始めています。続いて最も太く物理的な制約の厳しい Black をデザイン、Thin と Black の中間ウエイトをブレンドツールで生成して Medium の叩き台とします。フォントファミリーの中核となる Medium を仕上げた後は、再びブレンドツールで Thin と Medium の間の Light と Regular を、Medium と Black の間の Bold と Heavy を生成します。これらの中間ウエイトではそれほど極端なデザイン的破綻は生じませんが、各段階のウエイト感、量感に留意しながら必要に応じて細部を調整していきます。プロポーショナルフォント用のグリフであれば左右の bearing 値、グリフ間の kerning 値も設定します。

夕方、適当なところで切り上げた後は、その日に追加したグリフを確認するために FontForge のスクリプト処理で .ttf ファイルを出力します。グリフ数の拡大に伴ってスクリプト処理に要する時間も増大し、最近では 4 時間近くかかるようになってしまいました。無事に make が終了し、最新 .ttf ファイルに間違いが無いことを確認したら、CVS を update しつつ M+ LOG(http://mplus-fonts.sourceforge.jp/cgi-bin/blosxom.cgi)にエントリーを転送します。

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制作初期の頃は ThinkPad 560X 上の LFS で Basilisk を作動させ、Mac OS System 7 用の Illustrator を使用していました。
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1996年頃、複雑化する Mac OS への悪戯心から、極力シンプルで見通しの良い環境を模索し始めました。中古のSPARCstation 2を用意して、素人なりにSunOS + X11 + FVWMの環境を設定し「M+」と名付けました。「M」は Minimum の「M」、「+」は Minimum 以上の「何か」を意味しています。ただMinimumなだけではデザインになりません、「何か」の部分がその設計思想を際立たせ、普遍的な魅力を付加することになると信じているからです。
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フリーにすることでM+ FONTSを下敷きにした新たなフォントが生まれるかもしれませんし、もしかしたら未来の技術で、今は実現不可能と思われる様々な問題が解決されるかもしれません。その日が 5 日後でも、5 年後でも、50 年後でも、自分の存在の有無に関わらず、誰もが安心して利用することができるものを残すことができれば、創造する者としてこれ以上の名誉はありません。
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なぜ、M+ OUTLINE FONTSを作ろうと思ったのでしょうか?

 グラフィックデザイナーとして文字に接していた者であれば誰でも、もし自分で書体を作ることができたらどんなに素晴らしいことだろうと考えたはずです。しかし大抵のデザイナーは日々の仕事に追われ、いつしかそんな夢を忘れてしまいがちです。幸いにも自分は商業デザインの現場から離れていたことで、逆に自由な時間を得ていました。技術的な問題は現プロジェクトメンバーが次々と解決してくださり、夢に描いていたことを現実に移す決心がつきました。

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henkyo:

j-p-g:

Final call for flight J-1975 to Amity Island (via _Hans van de Vorst)